巻き肩に対する運動療法

巻き肩は現場で散見される代表的な姿勢不良です。

目次

巻き肩の定義

まずは巻き肩の定義として、上腕骨の正常アライメントから見ていきましょう。

上腕骨は、矢状面において床面に対して垂直位とされています。

前述の通り、上腕骨のアライメントでは、上腕骨の前方変位および上方変位が問題となるケースが圧倒的に多いです。

上腕骨頭は通常、肩峰に対して上腕骨頭の直径が前方変位1/3以内に位置するとされており、肩峰に対して上腕骨頭の直径が1/3以上前方に位置する場合、前方変位、つまり巻き肩と判断できます。

骨頭変位を紐解く

この上腕骨の骨頭変位は専門的に「Obligate Translationオブリゲートトランスレーション)」と言います。

Obligate Translationとは、局所的な拘縮が生じた際に関節包や靭帯、筋軟部組織が過度に緊張することで骨頭を反対側(骨頭中心の対角線上)に変位させる現象を言います。

通常、上腕骨頭のような球関節では運動時に骨頭は”転がりと滑り運動が生じますが、周囲軟部組織のタイトネスにより阻害され巻き肩へと繋がります。その場合においてタイトネスのある軟部組織に介入する必要があるのは至極当然理解できるところかと思います。

このように巻き肩が起こっている部位で言えば肩甲上腕関節です。

もちろん肩甲上腕関節に問題があることもありますが、肩甲上腕関節そのものが肩甲骨のポジションに依存する関節です。

そもそもの土台である肩甲骨のアライメント不良や不安定性があれば、肩甲上腕関節を求心位に保持するための、回旋筋腱板ももちろん肩甲骨に付着するわけですので、適切な張力は失われていることになります。

つまりタイトネスにつながります。

ということは骨頭変位(Obligate Translation)に対して

・肩甲上腕関節のみに着目した介入は推奨できない
・肩が内旋しているから肩外旋筋を鍛える

といったアプローチでは改善が難しいことが分かります。

今回は肩甲骨アライメントから「巻き肩」を紐解いていきます。

肩甲骨の正常アライメント

正常を把握していなければ異常は感知できませんので、まずはおさらいとして正常な肩甲骨のアライメントから触れていきます。

教科書的な正常アライメントは、前額面(背面)では、肩甲骨内側縁は脊柱と平行に走行しかつ胸椎棘突起との距離が成人男性では約7cm、成人女性では5~6cmあります。

矢状面で肩甲骨は10°前傾、水平面では前額面より30〜40°(約35°)前方に位置します。

また肩甲骨は第2〜7肋骨上に位置します。

臨床では、肩甲骨内側縁や棘突起の触診で評価します。胸椎棘突起との距離は、正常ではおよそ4横指となります。

ただあくまでも教科書的な正常であり、個体差もあるのでおおよその目安に留めておくべきかと個人的には考えております。

肩甲帯のスクリーニング

肩甲骨の静的・動的評価として「Scapular Dyskinesis(肩甲骨の位置異常)以下SD」は欠かせないものです。

巻き肩をテーマにしてはいますが、巻き肩の何が悪いのか?というともちろん美的観点としてもネガティブな印象にはなりますが、肩関節疾患との相関性ではないでしょうか?

例えば肩関節疾患において多くの場合、肩甲骨安定化筋の活性化パターンの阻害または混乱をもたらす損傷によって引き起こされているケースが散見されます。正常な肩甲骨筋の活性化パターンの獲得は肩関節のどのような主訴であっても必要であり、評価スキルが問われてきます。

Scapular Dyskinesisとは、肩甲帯の位置異常を指し、主に3つのタイプに分類されます。

type1:ST(肩甲胸郭)過前傾
type2:ST(肩甲胸郭)過内旋
type3:ST(肩甲胸郭)過度な上方回旋と挙上

Kibler WB, McMullen J. Scapular dyskinesis and its relation to shoulder pain. J Am Acad Orthop Surg. 2003 Mar-Apr;11(2):142-51.

これらのタイプに対する介入方法は以下の通りです。

type1:小胸筋の抑制と僧帽筋中部・下部、前鋸筋下部の活性
type2:小胸筋の抑制と僧帽筋・前鋸筋の活性
type3:僧帽筋上部の抑制

Kibler WB, McMullen J. Scapular dyskinesis and its relation to shoulder pain. J Am Acad Orthop Surg. 2003 Mar-Apr;11(2):142-51.

もちろん臨床上、全てが複合的に絡みあるパターン(例:肩甲骨前傾、挙上、内旋)もあるので、あくまでも教科書的なところです。

そして小胸筋に至ってはSDのほとんどのケースが過緊張を呈しており、下方回旋、内旋、前傾に作用するため、巻き肩の改善にとっては必ず評価・介入すべき筋と言えます。

Acromial Table Distance:ATD

小胸筋の評価もATD(Acromial Table Distance)でサクッと静的評価をしておきましょう。

目的

  • 小胸筋の短縮の有無

方法

  • 患者は仰臥位となる
  • 肩峰と床との距離を測る

陽性所見

  • 2.54cm(約2横指)以内なら陰性
  • 2.54cm以上なら小胸筋の短縮を示唆

ATD陽性なら、優先的に抑制しておくべき対象筋であることを頭に入れておきましょう。

上部交差症候群(Upper crossed syndrome:UCS)

一般的な肩甲骨の不良アライメントといえば「外転・挙上・前傾」です。

それに起因する不良姿勢の代表が「上部交差症候群(Upper crossed syndrome:UCS)以下 UCS」です。ここでも小胸筋の短縮が関わってきます。

UCSもまた巻き肩だけではなく、肩関節疾患や肩こりなども非常に相関性の高い姿勢不良です。1,2)

こちらのUCSを有する男性24名(18~28歳)を対象とした包括的矯正運動プログラムの有効性に対する研究を見ていきましょう。

8週間の包括的矯正運動プログラムの実行が効果的であり、筋バランスの改善(僧帽筋上部の抑制と前鋸筋・僧帽筋下部促通)、動作パターン改善が有効であった


Seidi F, Bayattork M, Minoonejad H, Andersen LL, Page P. Comprehensive corrective exercise program improves alignment, muscle activation and movement pattern of men with upper crossed syndrome: randomized controlled trial. Sci Rep. 2020 Nov 26;10(1):20688. 

また、

4週間のディトレーニング(包括的矯正運動プログラムを行わない) 後も維持されたとの報告もあり、脊柱アライメント、動作パターン、前鋸筋、僧帽筋下部繊維の賦活はUCSの改善、すなわち「巻き肩」改善に非常に有用となることが分かります。

僧帽筋下部繊維に着目

僧帽筋の筋バランスはUCS、SDと肩甲帯を適切なポジションに整えるのに非常に重要な筋の1つです。

そしてどのケースにおいても僧帽筋上部をいかに抑制し僧帽筋下部繊維をうまく賦活させるかが重要項目となります。ほとんどの場合僧帽筋上部の過活動がみられることは現場に出るインストラクターさんなら重々理解していることと思います。

まずは僧帽筋全体からおさらいしていきましょう。

僧帽筋は、後頭部や脊椎、肩甲骨まで幅広く付着している筋で臨床上介入の対象となりやすい筋で、その繊維は上部・中部・下部繊維の3つに分けられております。

僧帽筋上部繊維

起始部:後頭骨や頚椎の靭帯
停止部:鎖骨
作用 :肩甲骨の内転・挙上・上方回旋

僧帽筋中部繊維

起始部:第1〜6胸椎の棘突起
停止部:肩甲骨の肩峰と肩甲棘
作用 :肩甲骨の内転

僧帽筋下部繊維

起始部:第7〜12胸椎の棘突起
停止部:肩甲骨の肩甲棘
作用 :肩甲骨の内転・下制・上方回旋・後傾

僧帽筋下部繊維の運動療法

ただこの僧帽筋下部繊維を賦活させるのには、コツが入ります。

ただ見様見真似でエクササイズを行っても僧帽筋下部を働かせることは難しいです。

僧帽筋下部繊維を賦活させるには、まず胸郭のポジションが重要です。

肩甲骨の床は胸郭です、胸郭が安定した床を提供しているからこそ、前鋸筋や僧帽筋下部が働く素地ができると思っていただいて問題ないです。

つまり胸郭伸展ポジションからの脱却がエントリーポイントとなります。

1st IAP

1st IAPは吸気の際に胸郭が伸展してしまうような誤った呼吸パターンが常態化している方にとって非常に有効となります。

脊柱の屈曲、肋骨の内旋、股関節を深く曲げ、寛骨が後傾ポジションに誘導し、吸気の際に反ってしまう方にとって、反りたくとも反れない、つまりZOAを最大化し、正しい呼吸の神経的メカニクスの学習に導いてくれます。

また正しい呼吸パターンを学習することで、呼吸補助筋として僧帽筋上部や肩甲挙筋など肩甲骨の挙上に働く、筋群を抑制できることもあわせてポジティブな効果が期待できます。

フロアエンジェル|スパインポジション

とここまでは主に胸郭のポジション、後縦隔の拡張に重きをおいたエクササイズの位置付けです。

外転角度の増大に伴い僧帽筋上部、中部線維の相対値は漸減傾向を、下部線維の相対値は漸増傾向を示した。上部、中部線維は30°と比較して120°以降有意に減少し、下部線維は30°~90°と比較して150°で有意に増加した。

福島 秀晃ら:僧帽筋下部線維への選択的アプローチを考える

僧帽筋下部繊維の促通には肩関節の屈曲150度保持が有効とされ、その肢位は同時に僧帽筋上部の抑制も行えることが示唆されています。

つまり「フロアエンジェル:スパインポジション」肩関節150度屈曲位にて行うことは僧帽筋下部繊維の促通に非常に有用であることが分かります。

ショルダーフレクション|クロスレッグスポジション

目的
・胸椎伸展のROM向上
・僧帽筋下部繊維の促通

方法
1:胡座となり脊柱の軸伸展を保持
2:肩関節を180度程度、屈曲する

注意点
・Shrug sign
・腰椎の伸展

ここでUCSや肩甲骨の制御不全の方では、肩甲骨の過剰な挙上(Shrug sign)が散見されます。

いかに代償動作を防ぎ、正しい挙上が行えるかどうかがポイントであり運動指導者の腕の見せ所です。

なぜ代償が起こるのか?評価し、適切なエクササイズ指導が行えると効果も現れやすいです。

まとめ

ここまで同じように運動を行っていても、効果が出る人とそうでない人がいます。

それはfirstアプローチの選択を間違えているからかもしれませんし、僧帽筋下部を賦活させるための環境を用意できていないかもしれませんし、エクササイズの中で代償動作を見逃してしまっているからかもしれません。

特に見逃されがちなのが、firstアプローチとして脳機能の左右差(ブレインバランス)があり、同側の小脳、同側のPMRFの不活性から生じる肩関節の内旋です。

根本原因から取り除かなれければ、上っ面のエクササイズを行っても効果が出ないことの方が多いです。

だから包括的に学ぶ必要があります。

エクササイズはやっている、でも結果が出る人とそうでない人がいる、なぜだろう?

この「なぜ」を埋めたいから評価があります。

常に評価を怠らず、仮説検証ができる準備が大切です。

巻き肩に対する運動療法の解説でした、ぜひ参考にしてみてください。

参考文献

1)Page, P. Shoulder muscle imbalance and subacromial impingement syndrome in overhead athletes. Int. J. Sports Phys. Ter. 6, 51 (2011).
2) Page, P. Cervicogenic headaches: an evidence-led approach to clinical management. Int. J. Sports Phys. Ter. 6, 254 (2011).
3)Kang, J.-H. et al. Te efect of the forward head posture on postural balance in long time computer based worker. Ann. Rehabil. Med. 36, 98–104 (2012).

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