肩関節可動域制限と臨床的思考

肩関節は複雑で複合的な運動が可能な人体最大の可動域を有する球関節であり、その可動域の広さの分、デメリットとして障害の多い関節でもあります。

臨床上、可動域制限を有するクライアントさんも非常に多い印象ですね。

今回は肩関節の可動域制限となる軟部組織を見つけ出すうえで、必須となるポイントをご紹介していきます。

目次

肩関節の区分け

まずは肩関節の可動域制限抽出のポイントとして、大まかに上方、前上方、前方、前下方、下方、後下方、後方、後上方8方向に分けて考えます。

こちらは右肩関節を矢状面からみた図となります。

そこに回旋筋腱板の4つを追加した図がこちら

これでは回旋筋腱板の位置関係もすごく大雑把なもので、細かな制限因子の抽出が困難ですね、ここからさらに各繊維ごとに区分けします。

さらに肩関節周囲の軟部組織も加え

最後に関節上腕靭帯も加えていきます。

ここは丸暗記です。各組織の位置関係を必ず理解しておきましょう。

可動域制限を肢位ごとに分解

肩関節は球関節のため「転がり、滑り、軸回旋」が複合的に生じることで円滑な動きを遂行しております。

特に滑り運動では運動方向の反対側に骨頭が滑るといった現象(obligate translation)が生じるため、運動方向の対角線上の軟部組織が影響している可能性が高く、肢位ごとに制限因子を分解し抽出していき、介入を試みることが必須となります。

挙上制限

肩甲骨面挙上位では、肩関節下方の軟部組織の柔軟性が関与します。

筋肉
・肩甲下筋下部線維
・大円筋
・上腕三頭筋長頭腱
・小円筋

靭帯
・前下関節上腕靭帯
・後下関節上腕靭帯

下垂位制限

下垂位では、肩関節上方の軟部組織の柔軟性が関与します。

上方組織の十分は柔軟性が確保されていないと「下垂位」をとることができないので、安静時から肩関節周囲筋は緊張してしまい、僧帽筋上部の過緊張や肩挙上時のシュラッグなども起こることが予想されます。

制限因子

筋肉
・肩甲下筋上部線維
・棘上筋前部線維
・棘上筋後部線維
・棘下筋横走線維
・上腕二頭筋長頭腱

靭帯
・上関節上腕靭帯

ここまで読んだだけでも大分イメージがついてきたのではないでしょうか?

水平伸展制限

水平伸展の可動域制限因子となるのは、前方に位置する軟部組織です。

制限因子

筋肉
・棘上筋前部線維
・上腕二頭筋長頭腱
・肩甲下筋上部線維
・肩甲下筋下部線維
・大円筋

靭帯
・上関節上腕靭帯
・中関節上腕靭帯
・前下関節上腕靭帯

水平屈曲動作制限

水平屈曲の可動域制限因子となるのは、後方に位置する軟部組織です。

制限因子

筋肉
・棘上筋後部線維
・棘下筋横走線維
・棘下筋斜走繊維
・小円筋

靭帯
・後方関節包
・後下関節上腕靭帯

肩関節の1st/2nd/3rdポジション

ここからは可動域制限を内外旋でさらに分解していきます。

先述の通り、肩関節は自由度の高い関節で、その動きは前額面、矢状面、水平面と3面上での可動が可能であり、臨床では可動域や軟部組織の評価に「3つのポジション¹⁾」に分けて推察していきます。

それが

第1肢位(1st position)
第2肢位(2nd position)
第3肢位(3rd position)

となります。何となく聞いたことがある方も多いのではないでしょうか?

基本的には上記のポジションで肩関節の外旋/内旋を行い、可動域制限因子を分解していきます。

右肩関節を矢状面から見た図で表すとこの通りです。

肩関節の1st ポジションと制限因子

1stポジションは「肩の下垂位」にあたるので、上方組織が伸張されます。

ここからさらに外旋/内旋を評価することで、前上方組織が制限因子となっているのか?後上方組織が制限因子となっているのか?深掘りしていきます。

1stポジションでの外旋/内旋はそれぞれ前上方/後上方組織が伸張されます。

肩関節の1st外旋

1st外旋の可動域制限因子となるのは、前上方に位置する軟部組織です。

制限因子

筋肉
・肩甲下筋上部線維
・棘上筋前部線維
・棘下筋横走線維
・上腕二頭筋長頭腱

靭帯
・上関節上腕靭帯

肩関節の1st内旋

1st内旋の可動域制限となるのは、後上方に位置する軟部組織です。

制限因子

筋肉
・棘上筋後部線維
・棘下筋横走線維

靭帯
・後方関節包

肩関節の2ndポジションと制限因子

2ndポジションは「外転90°」にあたるので、下方組織が伸張されます。

2ndポジションでの外旋/内旋はそれぞれ前下方/後下方組織が伸張されます。

外旋内旋でそれぞれの組織が伸張されますが、根本的に下方組織の十分は伸張性が確保されていないと、外旋内旋どちらも制限されてしまいますので、まずは大きな区画で制限因子を見つけていきましょう。

肩関節の2ndポジション外旋

2ndポジションにおける肩関節外旋の制限因子は以下の通りです。

制限因子

筋肉
・肩甲下筋下部線維
・大円筋

靭帯
・中関節上腕靭帯
・前下関節上腕靭帯

肩関節の2ndポジション内旋

2ndポジションにおける肩関節内旋の制限因子は以下の通りです。

制限因子

筋肉
・棘下筋横走線維
・小円筋

靭帯
・後下関節上腕靭帯

肩関節の3rdポジションと制限因子

3rdポジションは「肩関節屈曲90°の肢位(+肘関節屈曲90°)」のことです。

3rdポジションは2ndポジションと比較して、より水平屈曲している肢位になるので、後方組織が2ndポジションよりも伸張されることになります。

3rdポジションでの内旋で後下方組織の制限を強く受けます。

肩関節の3rdポジション外旋

3rdポジションにおける肩関節外旋の制限因子は以下の通りです。

制限因子

筋肉
・肩甲下筋下部線維
・大円筋

靭帯
・中関節上腕靭帯
・前下関節上腕靭帯

肩関節の3rdポジション内旋

3rdポジションにおける制限因子は以下の通りです。

制限因子

筋肉
・棘下筋横走線維
・小円筋

靭帯
・後下関節上腕靭帯

肩関節可動域制限の分解とまとめ

これまでの肩関節の可動域制限をまとめるとこのようになります。

シンプルに軟部組織の位置関係と肢位ごとの制限因子は丸暗記で良いかと思います。

▶︎挙上制限
下方組織が制限因子となりやすい

▶︎下垂位制限
前方組織が制限因子となりやすい

▶︎水平屈曲
後方組織が制限因子となりやすい

▶︎水平伸展
前方組織が制限因子となりやすい

▶︎1stポジション
外旋:前上方組織が制限因子になりやすい。
内旋:後上方組織が制限因子になりやすい。

▶︎2ndポジション
外旋:前下方組織が制限因子になりやすい。
内旋:後下方組織が制限因子になりやすい。

▶︎3rdポジション
外旋:2ndと同じ。
内旋:2ndと同じだが、2ndよりも後方組織の制限を強く受ける。

肩甲骨は固定して評価するべき理由

では実際にこれらを応用して、クライアントの肩関節の可動域制限を分解し抽出していくとします。

それぞれの肢位別に評価しても、可動域の制限因子を決めつけるのには、何か決定力に欠けてしまいます。

それはなぜでしょうか?

それは肩関節は複合体だからです。

今回は肩関節の中でも肩甲上腕関節にフォーカスした制限因子の捉え方を解説してきましたね。

肩関節は肩甲上腕関節のみではなく、胸鎖関節や肩甲胸郭帯などそれぞれが協調することで円滑な動作を可能なものとしています。

特にこちらの図を見ていただいてもわかるように、肩関節の挙上180度には、肩甲上腕関節が40%、肩甲胸郭関節が20%、肩鎖関節が10%、胸鎖関節10%、その他(体幹・胸郭・下肢など)20%と報告2)されています。

肩甲胸郭関節は肩甲上腕関節の次に可動性を有する関節ですので、肩関節の可動域は基本的に

・肩甲上腕関節(Glenohumeral joint:GH)
・肩甲胸郭関節(Scapulothoracic joint)

この2つを軸として成立しています。

肩甲胸郭関節の動きに障害が生じると、肩甲胸郭関節の動きが得られない分、肩甲上腕関節が過剰に動いてしまい疼痛に繋がることも考えられます。この様に疼痛の訴えや可動域制限の裏にはどこかの動きが制限された結果やそれに伴う機能的代償なのかも常に考えながら、原因を評価することが重要になります。

つまりここでは、その可動域制限の問題点を精度高く抽出するためには、肩甲上腕関節の問題なのか?肩甲胸郭関節が関与しているものなのか?選択していく必要があります。

ということはどうするのか?

肩甲骨を固定して可動域を評価するということになりますね。

肩甲骨固定なしで評価
→肩甲上腕関節単体の可動域制限があるのか決定力に欠ける
→肩甲胸郭帯などの制限に由来した可動域制限かもしれない

肩甲骨固定ありで評価
肩甲上腕関節に可動域制限の原因があるか断定しやすくなる
→肩甲上腕関節以外の肩関節に介入する必要がないかもしれないと仮説ができる

必ず肩甲骨を固定し、左右差を評価することを個人的には推奨しております。

では肩甲胸郭関節による可動域制限がある場合、特に挙上位ではどの組織が問題点となりやすいでしょうか?

多関節筋である広背筋です。

広背筋は肩関節の挙上制限になりやすい筋としては代表的な組織であると考え、個人的にもアプローチの頻度が多く、必ず筋長テストを行っています。

全体図には付け加えておりませんでしたが、広背筋や大胸筋などの表層にある筋の影響なのか?フォースカップルの破綻の影響なのか?健常者でボディメイクの方であれば、正直ここまで細かく左右差や可動域制限を分解していく必要もないと思いますが、肩関節疾患であればそうはいきません。

仮説を立て、当たり前のことを当たり前に評価できるためには、あらゆる視点から判断できるための知識が必要となります。

今回は肩関節の可動域制限に着目した投稿でしたが、先述の通り、ここは丸暗記です。

現場で顕著な肩関節下垂位外旋の可動域制限があった場合、「あっ肩関節前上方組織に制限因子があるかもな、じゃあその組織は〇〇と〇〇があるな、肩甲骨を固定してさらに見てみよう、あまり左右差がない、肩甲骨の動態はどうだろう?」など即時的に考えられるようになると、クライアントに対するアプローチも迷わずに進められるはずです。

ぜひ参考にしてみてください。

参考文献

1)林典雄:肩関節拘縮の評価と運動療法.株式会社運動と医学の出版社,2013.
2)千葉慎一:運動のつながりから導く肩の理学療法.文光堂,2017

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