肩関節挙上制限と上方回旋力

前鋸筋は肩甲帯の安定化を担う筋であることは有名です。ピラティススタジオやパーソナルジムの現場指導では、肩関節疾患だけではなく、肩関節の挙上制限や挙上の不良動作に出くわす機会は非常に多いと思います。

  • 前鋸筋が大切なのは分かっている
  • でも現場でどう活かしていけば良いか分からない

という方へ向けたコラムとなります。前鋸筋の機能解剖が頭の中で生理されていると50分のセッションが有意義なものになるのは間違いございません。

目次

前鋸筋の機能解剖

前鋸筋は3つの繊維に分かれ、肩甲骨上角に起始する上部繊維のみ第1肋骨に向かって真っ直ぐ前方に走行するため、肩甲骨の前傾に作用すると考えられます。

それぞれの繊維が単体で収縮することはないのですが、頭の中でイメージできることで前鋸筋のトレーニングの質も格段に上がります。

前鋸筋の作用

前鋸筋は肩甲骨と肋骨をつなぐ筋で、肩甲骨の内側を胸郭に押し付け、離れないようにする役割があり、肩甲骨内側縁を肋骨方法に引きつけるベクトルがありますが、そのベクトルは細かく2つに分解することができます。

  • 肩甲骨の外転ベクトル
  • 肩甲骨を内側縁に引き付けるベクトル(固定)

難しく考える必要はなく、肩の挙上には上方回旋が必要であり、もちろん前鋸筋は上方回旋筋ですが、ただの上方回旋というわけではなく「肩甲骨を肋骨に固定しながら上方回旋する」という解釈でいることが前鋸筋の役割を臨床上、当てはめていくうえで非常に重要です。

つまり肩甲上腕骨の運動の土台となる肩甲骨が安定していなれければ(前鋸筋が機能していなければ)回旋筋腱板や三角筋がどれだけ正常な機能だろうと、力強い肩の挙上は生まれないことになります。

逆も然りで肩関節疾患=回旋筋腱板の機能評価、機能向上は欠かせないものですが、それらも肩甲骨の安定があってこそだということがここで強調したいメッセージとなります。

肩関節挙上制限と前鋸筋

肩関節の挙上制限は現場で散見されますが、今回は前鋸筋がテーマとなりますので、肩甲骨の上方回旋筋に着目して解説していきますが、皆さんは前鋸筋の機能を現場でどう評価し、落とし込んでいますでしょうか?

円滑に評価・介入を進めていく前にやはり機能解剖の理解度があることが重要です。

この図を見た時に、肩関節の挙上が不十分であることがみて取れますが、ここで肩甲骨の上方回旋の不足があったとして、必ずしも前鋸筋の機能低下が起きているからと安易に決めつけることはしないでください。

肩関節の挙上最終域の肩甲骨アライメントの動きとしては上方回旋と後傾が生じますが、肩の挙上動作には主に肩甲上腕リズムとして「僧帽筋上部繊維・僧帽筋下部繊維・前鋸筋下部繊維」の協調が必要です。

上方回旋筋は2つあります。

  • 僧帽筋
  • 前鋸筋

忘れてはいけないのが、当然ながら僧帽筋も強力な上方回旋筋であり、肩甲骨の安定化に作用する筋です。つまり前鋸筋の機能に問題があったとしても、僧帽筋によって前鋸筋の機能を代償し、挙上することが可能かもしれないということです。

僧帽筋も前鋸筋同様に肩甲骨の安定化に作用する筋ですが、そのベクトルは大きく異なり、このベクトルを適切に評価することで前鋸筋の機能なのか?僧帽筋の機能なのか?どちらを優先的に鍛えるべきなのか?も理解できます。

それぞれの機能解剖に沿って挙上制限をどう評価していくのかを解説してきます。

僧帽筋と前額面

僧帽筋は上部繊維が鎖骨外側1/3に、中部繊維が肩甲棘、肩峰に、下部繊維が極三角部に停止し、それぞれの作用としては上部繊維が挙上、中部繊維が内転、下部繊維が下制に働き、

上部繊維は肩甲骨を内側へ、中部繊維は肩甲棘を内側へ、下部繊維は棘三角部を下方へと引き付け安定させています。

結果として肩甲骨を上から内側へと肋骨に引きつけ安定させ上方回旋に作用しています。

つまり外転挙上として前額面上ではメインで僧帽筋が働きます。

前鋸筋の機能が低下しても僧帽筋で代償することで挙上することが可能になるというわけで、前鋸筋の機能不全があっても、僧帽筋により前額面での挙上は可能となるかもしれません。

外転運動に制限が生じにくい理由

肩甲骨の上方回旋
僧帽筋により代償

肩甲骨の安定化
肩甲骨を過度に内転、挙上し、脊柱に近づけることで代償

このような症例では、さらに体幹を側屈代償の挙上動作も散見されるところです。

前鋸筋と矢状面

前鋸筋は矢状面、屈曲挙上をメインに寄与する筋です。

外転運動では僧帽筋で代償できますが、矢状面上の屈曲運動ではそうはいきません。

なぜ屈曲運動(矢状面)における肩甲骨の固定化の代償が困難かというと、外転運動では僧帽筋で無理やり脊柱に引き寄せ、固定させ、体幹側屈し、挙上を行うことができますが、矢状面上の動きではより外転を伴った上方回旋機能が求められるため、この肩関節伸展トルクに抗するための前鋸筋下部繊維の機能がなくてはならないものとなるからです。

屈曲挙上が制限される理由

肩甲骨の上方回旋
➡僧帽筋により代償が可能

肩甲骨の安定化
”代償困難”

まとめると、前鋸筋の機能低下は肩関節の外転よりも屈曲運動に制限を受けやすいです。

前額面での挙上:僧帽筋で代償可能
矢状面での挙上:僧帽筋で代償不可能

となり、臨床上、挙上制限があった際に、制限因子として、上方回旋機能・肩甲骨安定化機能は前鋸筋と僧帽筋により調整されますので、僧帽筋の問題なのか、前鋸筋の問題なのかを評価を進めていくことができます。

どちらかの筋機能に問題が起きることで残された筋で代償(補える)できる運動、できない運動があることを理解しておくと挙上運動面の変化でエクササイズにそのまま応用することが可能となります。

前鋸筋と翼状肩甲

挙上制限に対して介入する前に、肩甲帯の静的アライメントも必ず評価しているはずです。

前鋸筋・僧帽筋は肩甲骨の安定化に作用する筋ですので、その機能に問題があれば肩甲骨の位置に影響を及ぼします。わかりやすい例が「翼状肩甲骨」です。

翼状肩甲骨」が見られれば、その時点で挙上制限はあるものと捉えて問題ないです。

前鋸筋の筋機能の低下と「翼状肩甲」の関係は臨床上欠かせない知見となりますのでこちらもおさらいしていきましょう。

翼状肩甲骨(scapular winging)

翼状肩甲骨とは、下の写真のように肩甲骨の内側縁が翼のように突き出ている状態を指します。一般的には、肩甲骨の筋肉が弱すぎるか麻痺し、肩を安定させる能力が制限されることが原因であり、重症度には多くの分類があり、最も大きな分類は、長胸神経が前鋸筋を刺激していない神経学的症状です。まれに筋肉が収縮できず、重篤な症状が 3 ~ 6 か月以上続く場合は、手術が必要になることがある。

waughpersonaltraining.com/blogposts/scapular-winging-how-to-fix-your-asymmetries

一般的には、前鋸筋ばかりが翼状肩甲で結びつけられてしまいますが、ここまで読んでくれた方はもう理解されていると思いますが、「僧帽筋」の機能不全もまた翼状肩甲と同様の症状が観察されることがあります。

それは前鋸筋は主に肋骨側から肩甲骨を引きつけているのに対し、僧帽筋は背側から押さえ込んでいるからですね。

翼状肩甲の評価

翼状肩甲のより動的な評価としては先程の僧帽筋と前鋸筋の機能解剖をそのまま応用するだけです。

肩関節90度屈曲位にて、徒手抵抗を行い肩関節伸展トルクを加えていき、肩甲骨下角の浮き上がりを確認します。

もちろん挙上面上を変えて、僧帽筋なのか前鋸筋なのかまでを詰めていきます。

翼状肩甲の評価:Scapular Retraction Test変法

方法

矢状面で90度屈曲位でその肢位を保ち、上腕の遠位に抵抗をかける
前額面で90度屈曲位でその肢位を保ち、上腕の遠位に抵抗をかける

陽性所見

  • 肩甲骨の位置変化なし:正常
  • 矢状面で肩甲骨下方回旋:前鋸筋の機能不全を示唆
  • 前額面で肩甲骨下方回旋:僧帽筋の機能不全を示唆

前鋸筋、僧帽筋ともに上方回旋として肩関節伸展トルクに抗することができず、肩甲骨が胸郭から引き剥がされ、かつ肩甲骨が固定できずに下方回旋します。

肩関節挙上制限を肩甲骨の安定、前鋸筋に着目した内容でした。

ぜひ参考にしてみてください。

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