
歩行から紐解く太ももの張りへのアプローチ

解説動画「歩行改善と股関節」では、歩行に対して股関節、骨盤はどう動いているのか言語化していきましたが、歩行のフェーズやフェーズごとの骨盤、股関節の動きを実際のセッションの中で瞬時に把握するには技術や経験が必要になります。
今回のコラムでは、画像や文章でいつでも歩行と股関節の関係、動きを復習できるようにまとめていきます。
また、解説動画でご紹介した知識をもとに「太ももの張り改善」「ヒップアアップ」といった実践への応用方法をご紹介していきます。
目次
歩行動作の確認
一側の下肢が接地し、次に対側の下肢が接地するまでの動作を一歩(Step)といい、この間の距離を歩幅と言います。それに対して一側の下肢が接地し、次に同側の下肢再び接地するまでの動作は、重複歩(Stride)といいます。この重複歩における一連の動作を歩行周期(gait cycle)と称されます。


歩行中の両側幅を歩隔といい、正常では7~9cmの範囲になります。

この1連の歩行周期には、足部が床と接地しているかどうかで「立脚相」「遊脚相」に分類することができます。
そして立脚相、遊脚相は、その役割や運動学的特徴からさらに細かく分類することができます。

初期接地(Initial contact)
足部が床面に触れる瞬間を指します。
立脚相の初期は、下肢の剛性を高める大事なフェーズであり、接地後の衝撃に備える準備段階です。
荷重応答期(Loading response)
初期接地から始まり、反対側の足が床面から離れるまでの区間を指します。
初期接地からの流れで衝撃を吸収し、荷重を後ろ脚から前脚へ受け継ぎ、前方への重心移動のため体重を支持します。
立脚中期(Mid Stance)
単脚支持(片足で体重を支える)期であり、反対側の下肢が床面から離れた瞬間から、観察側の踵が床から離れた瞬間までの区間を指します。
片足でのバランスを保ちながら体幹を前進させ、身体重心を上に持ち上げて位置エネルギーを高めます。
立脚終期(Terminal stance)
観察側の踵が床面から離れた瞬間から、反対側の初期接地までの区間を指します。
支持側の足を超えて身体重心を前方へ推進させ、身体重心の前方への加速を調整する役割を担います。
前遊脚期(Pre-swing)
反対側の初期接地から、観察側のつま先が離れるまでの区間を指します。
遊脚のための準備と体重支持の受け渡しを担います。
遊脚初期(Initial-swing)
観察側のつま先が床面を離れてから、反対側の下肢を超える手前まで区間を示します。
足部が床に触れないよう空間を確保し、遊脚肢を前方へ振り出すために股関節屈曲させる役割を担います。
遊脚中期(Mid-swing)
反対肢の下肢を超えてから、遊脚側の下腿が床面に対して直角となるまでの区間を指します。
遊脚側を前方へ運び、足と床面との空間を確保する役割を担います。
遊脚後期(Terminal-swing)
観察側の下腿が床面に対して直角になってから踵が接地するまでの区間を指します。
遊脚側の振り出しにブレーキをかけ、次の立脚期への準備を担います。
歩行中の股関節、骨盤の運動学
では、上記の各フェーズを確認しながら、骨盤、股関節の動きを確認していきましょう。
歩行中の股関節関節運動のほとんどは矢状面で起こります。対して、前額面、水平面での関節運動はわずかになります。
この情報から、まず前提として屈曲伸展可動域、股関節を伸展する筋力がなければ何かしらの代償が生まれるということがわかると思います。
腰椎の伸展代償や歩数の増大など矢状面での代償も考えられますが、本来少ない可動域でいいはずの前額面や水平面へ頼る代償が、太ももの張りや股関節の詰まり、痛みへとつながっていくことも考えられます。
ここからは実際に歩行に必要な3平面の可動域や筋の活動をフェーズごとに見ていき、どのような代償が考えられるか見ていきましょう。
矢状面の運動学
股関節屈曲、伸展可動域と制限因子
矢状面=屈曲伸展運動となりますが

IC時に屈曲30度、PSwに伸展10度の可動域が必要になります。
屈曲30度の制限が起こることはピラティススタジオ、パーソナルジムに来る方では少ない可能性がありますが、股関節伸展10度は、正常可動域15~20度に近い可動域が求められるため、伸展10度の可動域があるかどうかはとても重要な要素となります。
股関節の伸展制限の因子としては屈曲伸展軸の前方を通る屈曲筋の伸張性低下と股関節伸展筋の弱化が考えられます。

股関節屈曲筋の伸張性低下の代表として
- 大腿直筋
- 大腿筋膜張筋
- 腸腰筋
が挙げられ、歩行時に下記画像のような股関節屈曲位での歩行を呈する場合は、まずこの3つの筋の伸張性を評価することが必要です。

3つの筋の評価方法はこちら↓
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また、以下のイラストで歩行時における股関節屈曲伸展筋の活動を見てみると、腸腰筋は立脚期遠心性の収縮で働きはじめ(赤い矢印)、求心性の収縮(青い矢印)へと切り替わっていくことがわかると思います。

つまり、腸腰筋は単純に伸張性があるだけでなく、遠心性で力を発揮することも求められます。
そのため、股関節の伸展制限が見られた場合には少なくとも
- 股関節屈曲筋群の伸張性低下
- 股関節伸展筋群の弱化
- 腸腰筋の遠心性収縮機能
の影響を考え、それぞれ、局所的な評価を用いたりエクササイズの中で評価していくことが必要になります。
例えばブリッジフットワークというピラティスマシンのエクササイズを分解してみると
- 骨盤の後傾
- 股関節の伸展
の要素が含まれますので、骨盤後傾、股関節伸展筋の筋力と、股関節屈曲筋群の伸張性(緊張)を評価することができますね!
股関節の伸展制限による下肢への影響
歩行観察により伸展制限がみられるということは、毎日の通勤や移動において数千〜数万回の伸展制限を何らかの形で代償することになります。
ではこの歩行時の股関節伸展制限は下肢のアライメントにどのような影響を与えることが考えられるでしょうか?
まず、屈曲筋群の伸張性低下によりそもそも股関節の伸展ができないという場合、反復される骨盤の前傾、腰椎の伸展によりさらなる屈曲筋群の緊張、伸張性低下に加え、脊柱伸展筋群の過活動や椎間関節への負荷増大につながることが考えられます。

また、本来股関節の屈曲を主として行う腸腰筋は求心性の収縮とともに遠心性での収縮も求められますが、この筋の収縮能力が低下することで、他の屈曲筋群の活動が優位になります。
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Lewis CL, Sahrmann SA, Moran DW. Effect of position and alteration in synergist muscle force contribution on hip forces when performing hip strengthening exercises. Clin Biomech (Bristol). 2009 Jan;24(1):35-42. doi: 10.1016/j.clinbiomech.2008.09.006. Epub 2008 Nov 22. PMID: 19028000; PMCID: PMC2677193.
なかでも大腿筋膜張筋は、屈曲の他に内旋の作用を持つため、「大腿内旋アライメント」の助長につながります。
さらに、伸展制限と大腿内旋が合わさることで、ヒップアップのために重要な股関節伸展筋群である大臀筋や中臀筋は伸張されたポジションとなってしまうため、相反抑制という形で筋の活動は抑制されてしまいます。

前額面、水平面の運動学
これまでにご紹介してきた矢状面の股関節の動きが制限されると影響は前額面や水平面に波及していきます。
歩行時の前額面、水平面上の可動域としてはそれぞれ約4度の内外転、内外旋の可動域が必要になります。

ここで重要なのは、大腿骨に対する骨盤の内外旋と内外転です。
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大腿骨に対する骨盤の回旋
Initial contact〜Loading response時には大腿骨に対する骨盤の外旋から約4度の内転、内旋が必要になります。
この動きのコントロールのために内外旋の可動域とともに股関節外転、外旋筋の遠心性収縮の機能が必要になってきますが、
先ほどご紹介したように、矢状面で腸腰筋の機能が低下することで大腿筋膜張筋が代償し、大腿内旋アライメントを助長してしまう。大腿内旋アライメントにおいて大臀筋、中臀筋は伸張位になり活動が抑制されてしまうため、過剰な内旋、内転による大腿筋膜張筋、腸脛靭帯の張力増加で体を支えることになります。

結果として大腿骨に対する骨盤の内外旋機能は低下し、より大腿内旋アライメントの助長、股関節屈曲、内旋筋の過剰な使用による太ももの張りへとつながってしまいます。
この現象を確かめるために、
- 前額面上の大腿骨アライメント
- 画像「前額面、水平面の歩行評価」とお客様の歩行を比べ可動域の確認
- 大腿骨に対する内外旋の評価
を行ってみましょう。
大腿骨に対する内外旋は下記エクササイズを用いて評価することが可能です。
詳しい代償動作やエクササイズとしての活用はこちら↓
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大腿骨に対する骨盤の内外転
大腿骨に対する骨盤の内外転は
- IC~LRにおける4度内転の制御(中臀筋の遠心性収縮)
- TStにおける骨盤の水平保持(中臀筋の等尺性収縮)
がポイントになっていきます。
この2つの要素が欠けると、反対側の骨盤が過剰に下降(股関節の内転過剰)しトレンデレンブルグ兆候という形で発現します。
「トレンデレンブルグ兆候=中臀筋の弱化だからクラムシェルや、アブダクションを行う」
というアプローチでは、求心性の収縮エクササイズとなりますので、中臀筋の筋力テストで陽性だった場合は行う価値がありますが、特に問題がないと判断した場合に行うことは遠回りになってしまうかもしれません。
クムシェルやアブダクションなどで筋力に問題がない場合や、エクササイズを行っても変化がない場合は、骨盤の水平保持能力を評価してみましょう。
矢状面における股関節伸展筋群の弱化に加えて、骨盤の水平保持や大腿骨に対する骨盤の内外転の制御ができないということは、当然ブルガリアンスクワットやヒップヒンジなど股関節伸展筋を強化するエクササイズでも過剰な内転動作や膝の外反による代償が起こるため、狙いとは裏腹に大腿前面筋、下腿外側筋の過活動による肥大につながり、運動をすることが害となってしまいます。

改善のためのアプローチ
では、改めて

- 矢状面における股関節伸展制限の改善
- 前額面における外転筋の遠心性収縮改善
- 水平面における大腿骨に対する骨盤の回旋コントロールの改善
エクササイズを見ていきましょう!
ブリッジデッドバグ
ボックスによって高さを出すことで、股関節の伸展可動域を広く取ることができます。
テーブルトップポジションからの股関節伸展は腸腰筋、腹筋群の遠心性収縮によるコントールとなりますが、伸展最終域での床プッシュは腹筋群と強調して股関節伸展筋群の収縮が必要になります。
股関節伸展筋、腹筋群の収縮により拮抗筋である股関節屈筋群は抑制されていきます。
また、最大伸展位からの屈曲では腸腰筋の求心性収縮が求められるため、一つのエクササイズでより複合的な要素を含むことができます。
サイドブリッジ
サイドブリッジポジションでは支持側の中臀筋が等尺性で収縮しており骨盤を水平に保持します。
遊脚側では、この対側による安定を担保に外転運動を行うことで中臀筋を活性化させることができます。
シングルレッグヒップローテーション
CKC(クローズドキネティックチェーン)での股関節の内外旋の動きでは、体幹部の安定性と股関節外旋筋の遠心性収縮、求心性収縮のコントロールが求められます。
エクササイズに関わる関節や筋が増えるため、キューイングに注意が必要です。
足でボールを挟む、肘をつく、対側側の足を床につけるなど環境を操作しながらエクササイズを観察していきましょう。
最後に
これまでの股関節の解説動画、コラムを総動員して歩行と股関節紐解いていきました。
「股関節が痛い、詰まる、張る」
といった慢性痛改善のためのアプローチや、
「ピラティスやヨガのエクササイズは上手だけど足の太さや張りが改善されない」
とアプローチに詰まっている場合の新しい視点としてご活用ください!
頭ではわかっているけど現場で瞬時に判断できないという方は、ぜひ通勤や散歩など移動の際にいろんな方の歩行を観察して経験を積んでいきましょう!