
骨盤、腰椎の動きを“解剖学で説明できる”インストラクターになるために

「骨盤が前傾している」「腰が反っている」──
こうした見た目の変化をどう読み取り、どう指導に活かしていますか?
このコラムでは、現場経験が浅いインストラクターでも“自信を持って言語化できる”ように、 骨盤帯と腰椎の構造・連動性・安定化の仕組みを段階的に解説していきます。
目次
1. 胸椎・腰椎・骨盤の構造と機能
参考:Lee, D. G. (2004). The Pelvic Girdle: An Integration of Clinical Expertise and Research (3rd ed.). Churchill Livingstone.
脊柱と骨盤の動きは連動しています。そのため、評価や指導の際も“セットで”見ていく必要があります。
同じ“伸展”という動きでも、胸椎は「伸展すべき」とされ、腰椎は「伸展しすぎに注意すべき」とされる。この違いは構造にあります。
◼︎ 胸椎(T1〜T12)
- 関節面:前額面に近く、回旋に適する(上関節突起、下関節突起)
- 棘突起が長く重なり、屈伸を制限
- 肋骨と胸郭によって剛性が高い

胸椎が伸展しても痛みが出にくい理由:3つの解剖学的要因
- 関節面の角度が斜めになっていて、衝突のリスクが少ない
- 胸郭による動きの制限(伸展しすぎない)
- 荷重負荷が少ない(腰椎ほど重さを支えていない)
① 関節面の角度が斜めになっていて、衝突のリスクが少ない
胸椎の椎間関節の配列と可動性の関係
胸椎の椎間関節(上・下関節突起)は、前額面(身体の前後を分ける面)に近い角度で配置されています。
この角度により、胸椎が伸展するとき、関節突起は後方ではなくやや外側・斜め方向にスライドするように動く構造になっています。
【結果として】
- 関節突起どうしが真後ろで衝突することが少なく、関節が詰まりにくい
- 伸展動作に「逃げ」があり、ストレスが分散される
これは、腰椎のように矢状面に近い角度で直線的に衝突しやすい構造とは対照的です。

② 胸郭による動きの制限(伸展しすぎない)
胸郭(rib cage)による可動域の制限作用
胸椎は12対の肋骨と関節を形成しており、その多くが胸骨と連結し「胸郭(thoracic cage)」を構成しています。
この構造が物理的に胸椎の可動域を制限するため、特に伸展方向では「動きすぎること」が起こりにくいです。
【結果として】
- 胸椎はそもそも伸展可動域が小さい
- 可動域を超えて動こうとしても、肋骨がストッパーとなって守ってくれる
構造的に“守られている”ため、伸展しすぎによる椎間関節の損傷リスクが抑えられています。

③ 荷重負荷が少ない(腰椎ほど重さを支えていない)
支持構造としての違い
胸椎は、身体の中央に位置しますが、腰椎ほど体重の負荷は受けていません。
肩甲帯や肋骨が胸椎に荷重を分散させており、下位腰椎のように体幹の重みを直接受ける構造ではありません。
【結果として】
- 胸椎には伸展時の圧縮力・剪断力が少ない
- 関節や椎間板にかかるストレスが穏やか
特にT6〜T8付近は構造的に安定しており、動きも制限されやすいゾーンとなっています。
◼︎ 腰椎(L1〜L5)
- 関節面:矢状面に近く、屈曲・伸展に適する
- 棘突起は短く、可動の妨げになりにくい
- 椎体が大きく、荷重支持に優れる

◼︎ 骨盤(寛骨+仙骨)
- 寛骨:左右一対で仙骨を挟む構造
- 靭帯:仙結節靭帯・腸腰靭帯などが多方向から支持
- 多くの筋群が交差し、動きと安定の中心


腰椎の伸展が痛みや不安定性を招く理由:解剖学的・力学的な3つの視点
- 矢状面に近いため、関節突起同士が真後ろでぶつかりやすい
- 椎間板に後方への剪断力がかかる
- 仙腸関節のロックが外れやすく、腹圧が抜けやすい
① 矢状面に近いため、関節突起同士が真後ろでぶつかりやすい
椎間関節(facet joint)の配列と伸展動作の関係
腰椎の椎間関節は、関節面が矢状面に近い角度で配列されているため、伸展動作の際に関節突起どうしが後方で直線的にぶつかりやすくなります。
胸椎では関節面が前額面に近いため、伸展しても関節突起が斜めにスライドして「逃げる」ことができますが、腰椎ではそれが難しい構造になっています。
【結果として】
- 椎間関節の「詰まり(impingement)」が起こりやすくなる
- 慢性的な伸展動作により、椎間関節性腰痛(facet syndrome)のリスクが高まる

② 椎間板に後方への剪断力がかかる
伸展時の椎体傾斜と荷重方向の変化
腰椎が伸展すると、椎体は後方に傾くような姿勢になります。このとき、重力や筋の収縮により、椎間板には後方への剪断力(shear force)がかかります。
【結果として】
- 椎間板の後方が突出しやすくなり、ヘルニアや椎間板性腰痛の原因になりやすい
- 特にL4-L5、L5-S1などの下位腰椎に負荷が集中する

McGill(2007)も、腰椎の過伸展位では剪断力と圧縮力が増加し、椎間板にかかるストレスが高まることを報告しています。
McGill, S. M. (2007). Low Back Disorders: Evidence-Based Prevention and Rehabilitation (2nd ed.). Human Kinetics.
③ 仙腸関節のロックが外れやすく、腹圧が抜けやすい
Nutationによる関節安定とその破綻
正常な骨盤帯では、仙骨が前傾(Nutation)し、寛骨が後方回旋していると、仙腸関節がしっかり噛み合いロックされて安定します(Force Closure)。

しかし、腰椎が過伸展して骨盤が前傾しすぎると、仙骨が過剰に前に倒れて寛骨との噛み合わせが崩れ、仙腸関節が緩む(ロックが外れる)方向へ動いてしまいます。

【具体的な流れ】
- 腰椎が過伸展する
- 腰椎の前弯が増え、L5が仙骨に対して前下方に滑りこむ(≒反り腰)。
- 結果として、仙骨も前に引き込まれるように過剰なNutation方向へ。
- 仙骨が前に倒れすぎる
- 本来「かみ合って安定する角度」よりも前に倒れることで、関節面の圧力バランスがずれる。
- 寛骨との接触面が浅くなり、靭帯のテンションも最大値を越えて緩む。
- Force Closureの破綻
- 仙骨が「受け皿」から浮くような位置になるため、ロックが外れたような状態に。
- 結果、仙腸関節は微細ながら不安定(=slippage)になりやすくなる。
結果、本来の支持力が弱まり「張っていたはずの靭帯がたるむ」=緩むという状態になる。
【補足:なぜ靭帯が「緩む」のか】
- Nutationのとき、靭帯は最も張る=安定する方向。
- しかし、仙骨が**それ以上に過剰に前方へ傾く(≒前に滑る)**と…
- 靭帯が弓を引きすぎたゴムのようになり、テンションの「ピーク」を越える。
- あるいは、付着部の角度が変わって緊張が逃げる。
靭帯は、ゴムバンドやバネのようなもの。
適度に引っ張ると元に戻ろうとする力(反発力)が働き、安定性を保つ。
しかし、強く引きすぎると「元に戻る力」を超えてしまい、ゴムがたるんだり、バネが伸びきってしまって機能しなくなります。それが、靭帯が「緩む」状態です。

【腹圧も一緒に抜けやすくなる】
腰椎の過伸展で骨盤が前傾すると
- 骨盤底筋や腹横筋の下からの支えが効かず、腹圧が保持できなくなる
- 横隔膜や腹横筋のテンションが逃げ、体幹の内圧を保ちにくくなる
- 腰椎と骨盤帯の支持力が全体的に低下する

Vleeming(1997)や Hodges & Richardson(1997)の研究では、仙腸関節の安定性が腹圧およびインナーユニット機能と密接に連動していることが示されています。
Hodges, P. W., & Richardson, C. A. (1997). Contraction of the abdominal muscles associated with movement of the lower limb. Physical Therapy, 77(2), 132–142.
https://doi.org/10.1093/ptj/77.2.132
2. 骨盤と腰椎の連動性:動きの評価視点
骨盤の前後傾や腰椎の屈曲・伸展を評価していくうえで、「どこからが前傾で、どこからが後傾なのか」を明確に理解しておくことが大切です。
骨盤の傾きは、姿勢や動作の質に大きく影響するため、基本的なアライメント評価項目のひとつとされています。
◼︎ アライメント評価の方法
骨盤のアライメント評価を行う際には、見た目の印象だけに頼らず、できるだけ客観的な基準をもとに判断することが重要です。前傾・後傾の判断は姿勢や機能に直結するため、視診だけでなく触診や測定ツールを使った評価も推奨されます。
- ASIS(上前腸骨棘)とPSIS(上後腸骨棘)の高さを比べる。
- ASISがPSISより下 → 前傾
- ASISがPSISより上 → 後傾

- ASISと恥骨結合を結んだ線が床に対して垂直かどうかを見る。
- 前方・下方に傾いていれば前傾
- 後方・上方に傾いていれば後傾

この評価は立位・仰臥位の両方で可能です。静止姿勢だけでなく、動作中の変化や腰椎のカーブ、腹圧との関係も含めて観察しましょう。
ASIS、PSISにの触診についてはこちら
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◼︎ 骨盤の動きと脊柱の連動
骨盤の傾きや腰椎のカーブには、特定の筋群の働きが密接に関係しています。
- 骨盤を前傾させる筋には、腸腰筋(腸骨筋・大腰筋)や大腿直筋などの股関節屈曲筋が挙げられます。これらが短縮または過活動になると、骨盤が前方に傾きやすくなります。
- 骨盤を後傾させる筋には、腹直筋、腹斜筋群、ハムストリングス(特に大腿二頭筋長頭)、大殿筋が関与します。これらの筋が優位に働くことで、骨盤が後方に傾く方向に引かれます。
- 腰椎の前弯(生理的なS字カーブ)を形成・維持する筋には、多裂筋や腸腰筋が関与しています。多裂筋は脊柱起立筋群の一部として、腰椎から骨盤までの各椎骨間に張り巡らされ、脊柱を後方から安定させる働きを担います。腸腰筋は腰椎前面から始まり、大腿骨の小転子へと付着し、股関節を屈曲させるだけでなく、腰椎の前弯を内側から支える役割を果たします。
これらの筋が十分に活動していると、腰椎の自然なカーブが保持され、脊柱の安定性と骨盤との連動がスムーズになります。逆にこれらの筋の機能低下があると、腰椎の支持力が低下し、過前弯あるいは過後弯といったアライメントの乱れが生じやすくなります。

この関係性は、ちょうどテントの支柱とロープの関係にも似ています。背骨(脊柱)が“支柱”であり、それを前後から引っ張って安定させているのが腸腰筋と多裂筋という“ロープ”の役割です。腸腰筋は支柱の前方から腰椎を支え、多裂筋は後方から脊柱を引き上げるように働きます。どちらかの筋が緩んでいたり張力が不足すれば、テントはバランスを失って倒れてしまうのと同様に、脊柱の前弯や安定性も損なわれてしまいます。したがって、これらの筋がバランスよく協調して働くことが、腰椎の自然なカーブと体幹の安定を維持する上で非常に重要なのです。

こうした筋のバランスや働きの偏りが、骨盤の傾きや腰椎のアライメントに影響を及ぼし、姿勢や動作パターンにも反映されます。
- 前傾時:寛骨が前方回旋、仙骨はNutation(前傾)、腰椎の前弯が強調
- 後傾時:寛骨が後方回旋、仙骨は相対的に前方に見えるが安定性は低下、腰椎は前弯が減少(フラットバック)
骨盤の傾きと腰椎の動きをセットで評価することで、的確な観察と指導が可能になります。
【補足】骨盤後傾と仙骨
1. 寛骨が後方回旋する=骨盤の後傾
骨盤の後傾とは、左右の寛骨が後方に回旋することを指します。このとき、骨盤全体が後ろに倒れ込むような動きになります。
2. 仙骨は「相対的に前方に見える」
骨盤が後傾すると、それに伴って寛骨が後方に移動します。すると、仙骨の位置は変わっていなくても、寛骨との位置関係において仙骨が前方に飛び出しているように見えることがあります。これはあくまで「相対的な」動きであり、仙骨が自ら前に倒れているわけではありません。
3. なぜ仙腸関節の安定性が低下するのか
仙腸関節が安定するためには、仙骨が軽く前傾する「Nutation」の状態にあり、寛骨としっかりと噛み合っていることが必要です。この状態では、関節面が深く接触し、靭帯(特に仙結節靭帯や長背側仙腸靭帯)が適度に張力を発揮して、受動的な安定を提供しています。
しかし、骨盤が後傾しすぎると仙骨が「Nutation」から離れ、「Counternutation」(後傾)方向に引き込まれます。すると、関節面の噛み合いが浅くなり、靭帯の張力も緩むため、仙腸関節のロックが外れやすくなります。これが「安定性が低下する」理由です。
3. 骨盤と腰椎の受動的・能動的制御
骨盤や腰椎の位置、動きは、受動的(構造的)な安定性と能動的(筋機能的)な安定性の2つによって制御されています。
腰椎や骨盤の安定には、まず関節構造や靭帯による“受動的な支えが不可欠
- 椎間関節の形状と配列:
→ 関節面の角度や並びが、動きを制限したりガイドしたりする役割を担います。 - 仙腸関節とその支持靭帯(例:仙結節靭帯、仙棘靭帯、腸腰靭帯など):
→ 骨盤帯のズレや開きすぎを防ぎ、荷重やねじれのストレスを受け止める構造的要素です。
Bergmark(1989)は、腰椎が安定するためには「靭帯や関節などの体の構造的な支え」と「筋肉による働き」の両方が必要であると述べています。
そしてそれぞれがどのように協力して体を支えているのかを、力の伝わり方や動きのバランスといった力学的な仕組みから詳しく説明しています。
Bergmark, A. (1989). Stability of the lumbar spine. A study in mechanical engineering. Acta Orthopaedica Scandinavica, 60(sup230), 1–54.
◼︎ 能動的制御(筋による安定)
筋肉は、関節を動かすだけでなく、安定させる役割も担っています。
グローバル筋:腹直筋、大殿筋、ハムストリングス
主に大きな動作を支える筋で、姿勢保持や出力に寄与します。
インナーユニット:腹横筋、横隔膜、骨盤底筋、多裂筋
深部で体幹を支える微細な制御を担い、腹圧や仙腸関節の安定にも関与します。
これらの筋群は、関節や靭帯だけでは補いきれない「動きながらの安定性」を実現するために重要な役割を果たします。
家を支える“基礎”と“支えの骨組み”
受動的な構造と能動的な筋活動の関係は、ちょうど家の構造に例えることができます。
- 靭帯や関節の構造は“家の基礎”
しっかりとした土台として、体の土台を支え、姿勢の崩れや大きな揺れを防ぎます。 - 筋肉は“支えの柱や骨組み”
日常的な動きや荷重に柔軟に対応しながら、構造全体のバランスと安定性を維持します。
基礎だけでは家の壁や屋根は立ちませんし、柱や骨組みだけでは構造全体がぐらついてしまいます。両者が補い合うことで、静止時にも動作中にも崩れない安定した身体が保たれます。
このように、受動的な構造(靭帯・関節)と、能動的な制御(筋活動)のバランスが取れてはじめて、関節の安定性と機能性が両立するのです。
4. 骨盤の能動的な制御としての腹圧
腹圧は、体幹を内側から支える“圧力の柱”のような存在です。
◼︎ 腹圧の生成プロセス
- 吸気:横隔膜が下降 → 腹筋群が遠心性収縮 → 腹腔内圧が高まる
- 呼気:腹筋群が求心性収縮 → 圧を調整・維持
腹圧は、呼吸と連動しながら骨盤と腰椎の安定性を高めるメカニズムです。

腹圧の調整には、単にお腹に力を入れるのではなく、呼吸と筋の連携を意識したトレーニングが必要です。特に、吸気時に横隔膜が正しく下降することで、腹腔の容積は上下方向に広がります。この拡張に対して、腹横筋や骨盤底筋などが遠心性に引き伸ばされながら緊張を保つことで、腹腔内に圧力が生じます。
この過程が不十分になる要因には、肋骨が開いたままで横隔膜が正しく下がらない、骨盤底筋の機能低下により下方の支えが弱い、あるいは腹横筋の筋出力不足によって腹腔の囲いが不安定になるなどが挙げられます。これらが組み合わさると腹圧が高まらず、代償的に表層の筋群(腹直筋や脊柱起立筋など)に頼る癖がつきやすくなり、結果として体幹の深層からの安定性が損なわれる可能性があります。

◼︎ 骨盤との関係
腹圧がしっかり働いていると、骨盤は中立(ニュートラル)の位置に安定しやすく、腰椎も自然なカーブを保てます。
逆に、腹圧が弱いと骨盤は前に倒れすぎたり、後ろに丸まりすぎたりして、腰椎も一緒に崩れ、不安定な姿勢や代償動作が起こりやすくなります。
この“安定と崩れ”のバランスは、**Panjabi(1992)が提唱した「脊柱の安定性モデル」**から理解できます。
Panjabi, M. M. (1992). The stabilizing system of the spine. Part I. Function, dysfunction, adaptation, and enhancement. Journal of Spinal Disorders, 5(4), 383–389.
このモデルでは、私たちの背骨の安定は次の3つの要素が支えているとされています:
- パッシブな構造(骨・靭帯など)
- アクティブな筋肉の働き(体幹の筋)
- それらを調整する神経の働き(コントロール)
たとえば、腹圧が弱いということは、「筋肉の働き」や「体のコントロール力」がうまく機能していない状態とも言えます。そうなると、どんなに骨や関節の形が良くても、身体は安定しません。
このため、腹圧を高める練習=体幹を安定させるための大事なステップになるのです。
腹圧をイメージするのが難しい方は、空気のしっかり入ったバランスボールを思い浮かべてください。中に空気(=圧力)がしっかり入っていれば、外から押されてもつぶれません。でも、空気が抜けていると、すぐに形が崩れてしまいますよね。
私たちの体幹もそれと同じで、内側の圧(=腹圧)があることで、姿勢も動きも安定しやすくなります。
5. 仙腸関節の安定化:腹圧と股関節伸展筋の役割
仙腸関節は可動性が非常に少ない関節ですが、骨盤帯の安定において重要な役割を果たします。
◼︎ 安定に必要な条件(Nutation)
- 仙骨が前傾(Nutation)
- 寛骨が後方回旋
- 腹圧+荷重+股関節伸展筋群(殿筋、ハム)による支持
この3つが揃ったとき、仙腸関節はロックされ、安定性が最大化されます。
ここで注意したいのは、仙骨と寛骨の動きは“相対的な位置関係”であるという点です。たとえば、骨盤全体が前傾していたとしても、仙骨がより強く前方に倒れていれば、寛骨は仙骨に対して後方へ回旋しているように見えることがあります。これは、あくまで仙骨と寛骨の間で生じている相対的な動きの違いであり、実際に両方が前方に動いていても、動きの大きさや方向の差によって「寛骨だけが後方に回り込んでいる」ように観察されるのです。
具体的な例として、ヒップリフトのようなエクササイズでは、床から骨盤を持ち上げる際に股関節が伸展し、寛骨は後方回旋します。一方で、仙骨はハムストリングスや大殿筋の筋活動によってNutation(前傾)方向に誘導され、関節面がかみ合うような状態が生まれます。

ただし、ヒップリフトは非荷重下の姿勢であるため、地面からの反力が得られず、仙骨が体幹の重みに対して床方向(後ろかつ下)に引き込まれるように動くこともあり、このときにCounternutation(後傾)方向へと誘導されやすくなります。さらに、腹圧が十分に入っていない場合には、骨盤底や腹横筋による下からの支持が弱まり、仙骨が支えられずに床方向へと押し込まれやすくなります。結果として、仙腸関節の安定が失われ、骨盤帯全体が不安定な状態に傾きやすくなるため、このポジションでの正しい支持戦略の獲得が重要となります。

このように、動きの方向と見た目の関係が一致しない場合もあるため、仙腸関節の安定を評価する際には、“動き”と“相対的位置”の両方を理解しておくことが重要です。
◼︎ 不安定な条件(Counternutation)
- 骨盤が過後傾し、腹圧が抜ける
- ヒップリフトなど非荷重で骨盤を動かす場面では、仙骨がカウンターニューテーション方向に動きやすい
◼︎ ハムストリングスと靭帯の連動
- ハムが坐骨結節を引く → 仙結節靭帯が緊張 → 仙骨がNutationに誘導され、安定性が増す
この仕組みを理解することで、ヒップリフトなどのエクササイズを“安定化練習”として活かす視点が得られます。
なお、仙腸関節のわずかな可動は日常生活や運動に直接的な影響を及ぼすわけではありませんが、その周囲の筋・靭帯との協調が崩れると、骨盤帯全体の不安定感や腰部不調につながるケースもあります。そのため、関節の構造を過度に強調するのではなく、“機能的にどう支えているか”の視点を持つことが大切です。
6. 解剖をエクササイズに落とし込む:実践の工夫
◼︎ 骨盤前傾が強いクライアントに対して
仰向けで行うペルビックティルトや90-90呼吸(膝下を椅子やボールに乗せる)を用い、腹横筋の活性と骨盤のコントロール感覚を養います。
また、風船を使うことで吸気で横隔膜が下降し、呼気で腹部を締めながら(肋骨の内旋)骨盤を後傾方向へ調整するように誘導します。
◼︎ 骨盤後傾が目立つクライアントに対して
ヒップヒンジやスプリットスタンスのような股関節主導の動作練習が有効です。
骨盤が後傾しすぎないように意識しながら、股関節でしっかり折りたたむパターンを身につけることで、腰椎前弯と骨盤ニュートラルを取り戻していきます。
◼︎ 腹圧が入りにくいクライアントに対して
仰臥位でのデッドバグや、四つ這いでのバードドッグなどを活用し、呼吸と体幹安定の統合を図ります。
特に仰臥位では、腹部、腰部の膨らみ・圧のかかり具合を可視化しやすく、クライアント自身が変化を感じやすい点がメリットです。
◼︎ 仙腸関節が不安定になりやすいクライアントに対して
ヒップリフトは、荷重がかかりにくく不安定になりやすいポジションですが、だからこそ腹圧と殿筋を意識して安定させる練習に最適です。
吸気だけでなく、呼気とともに腹圧を高め、仙骨をNutation方向へ導く意識で殿筋を働かせると、仙腸関節の支持感が得られやすくなります。
補足Q&A|現場でよくある疑問とその解説
Q1.「骨盤が前傾アライメント」確認後何を観察すればいいですか?
→ 前傾している“原因”を深掘りしましょう。腸腰筋の短縮、大腿直筋の過活動、腹圧の不足など、構造的・機能的な背景があるかを確認します。ASISとPSISの高さ、腰椎の前弯、呼吸の質も併せて観察するのがポイントです。
Q2. 「腹圧を入れて」と言っても伝わりにくいときは?
→ 呼吸からアプローチしてみましょう。吸気でお腹を360°膨らませる感覚、呼気で下腹部が内側に締まる感覚を意識させると、腹圧のイメージがしやすくなります。ペルビックティルトや風船を使ったエクササイズも有効です。
Q3. インストラクター自身の観察眼はどうやって養う?
→ 最初は「なんとなくの違和感」をそのままにせず、「なぜそう感じたか」を言葉にしてみるクセをつけましょう。先輩や仲間と一緒にフィードバックをし合うことも非常に効果的です。
構造・筋・動きがどうつながっているのか? それを読み解く視点が、“ただ見る”から“読み取るインストラクター”へ成長する鍵です。
- 骨盤の傾きは?
- 腰椎のカーブは?
- 腹圧はかかっているか?
- それをどの筋が支えているか?
▶ これらをセットで観察・説明できれば、より信頼される専門家になれるはずです。
今回は、骨盤(寛骨+仙骨)と腰椎の解剖学的な特徴についてご紹介しました。
次回、4月17日(木)公開予定の「骨盤体幹の運動学」では、今回の構造理解をもとに、どのように骨盤や腰椎が動くのかを掘り下げていきます。
さらに、4月21日(月)の「骨盤・体幹の評価」、4月24日(木)の「腰椎骨盤帯の安定性改善」では、現場で活かせる評価法や、安定性を高める具体的なエクササイズもご紹介します。
解剖を理解したうえで、動き・評価・改善を段階的に学んでいくことで、指導力や観察力に確かな自信がつくはずです。
ぜひ、次回以降もお楽しみに。
参考文献
- Lee, D. G. (2004). The Pelvic Girdle: An Integration of Clinical Expertise and Research (3rd ed.). Churchill Livingstone.
- McGill, S. M. (2007). Low Back Disorders: Evidence-Based Prevention and Rehabilitation (2nd ed.). Human Kinetics.
- Hodges, P. W., & Richardson, C. A. (1997). Contraction of the abdominal muscles associated with movement of the lower limb. Physical Therapy, 77(2), 132–142.
- Panjabi, M. M. (1992). The stabilizing system of the spine. Part I. Function, dysfunction, adaptation, and enhancement. Journal of Spinal Disorders, 5(4), 383–389.
- Bergmark, A. (1989). Stability of the lumbar spine. A study in mechanical engineering. Acta Orthopaedica Scandinavica, 60(sup230), 1–54..