Obligate Translationと巻き肩

Obligate Translationだけ聞くと難しく聞こえてしまうかもしれませんが、簡単にいえば骨頭変位のことを指します。

球関節に対峙する際に、臨床上、頭に入れておくべき内容となりますので、ここで理解しておきましょう。

巻き肩を肩甲上腕関節から紐解くと、Obligate Translationからは避けては通れません。

目次

骨頭変位(Obligate Translation)とは

骨頭変位(Obligate Translation)
局所的な拘縮が生じた際に関節包や靭帯、筋軟部組織が過度に緊張することで骨頭を反対側(骨頭中心の対角線上)に変位させる現象

Obligate Translationとは骨頭変位という意味だけではなく、ある方向の組織に押されて変位・並進を余儀なくされた状態のことを意味します。1)

つまり通常では、肩甲上腕関節には転がり滑り運動などが複合的に生じることで円滑な運動を可能にしていますが、肩関節軟部組織にタイトネスが生じることでその運動軸が変位を余儀なくされてしまうということです。

転がりと滑り運動

Obligate Translationを本質的に理解するためには上腕骨頭の運動学を理解しておく必要があります。

例えば通常の外転運動では、外転に伴い骨頭は「転がり」と「滑り運動」が生じます。

それが下方軟部組織のタイトネスが生じている場合では、骨頭はどのように動くでしょうか?

答えは簡単ですね。

骨頭が下方に滑ることができず上方変位を余儀なくされます

この上方の何が悪いのかというと、それは美的観点だけではございません。

当然の如く上腕骨頭の上方には「肩峰」があり、上腕骨頭と肩峰の間には、棘上筋肩峰下滑液包(Subacromial bursa:SAB)が存在するわけです。

Obligate Translationとして、常にそれらが挟み込まれるように衝突(インピンジメント)されてしまっては棘上筋断裂やSABであれば自由神経終末といった疼痛を感知する受容器が密であることから肩峰下に疼痛が生じるリスク因子となります。

後方の関節包・靱帯・筋の短縮による上腕骨頭の変位は、肩関節屈曲運動時に鳥口肩峰靱帯部の圧力の増加に繋がることも示されており2)、肩の痛みが主訴のクライアントに介入する際に重要な指標となるかもしれません。

股関節とObligate Translation

少し話は脱線しますが、では同じ球関節の股関節でも同様にObligate Translationが生じるのか、疑問に思いませんでしたか?

それを検証した報告は現時点では見つけられていませんが、(恐らく存在しない)肩関節と比べると股関節でObligate Translationが生じる危険性はかなり低いと考えられ、その理由としては大腿骨頭は上方・前方・後方の大部分が寛骨臼に覆われているからとなります。

しかし、大腿骨頭が寛骨臼に覆われていない部分では、軟部組織のタイトネスにより大腿骨頭が押し出される力が発生しうるとも考えられます。

これは股関節は構造的に下方・外方は寛骨臼の覆いが少なく、軟部組織による制動が主となるためです。3)

そのため下方・外方の軟部組織にタイトネスが生じている場合、股関節の外転、屈曲、内転などの運動時に、大腿骨頭が上方や内方に変位し圧力の増大に繋がることも考慮して臨床するべきではと考えることができます。

臼蓋形成不全にて、関節窩の被覆率が減少していれば、その分だけ股関節におけるObligate Translationとして、鼠蹊部痛、前方インピンジメント症候群になり得ますよね。

実際の症例として、股関節痛、鼠蹊部痛といった症状を有するクライアントに対して股関節の後外側の軟部組織の柔軟性に介入することで症状が軽快するような経験は多く経験することです。

肩関節と比較して、股関節におけるObligate Translationは稀かもしれませんが、運動時における変位は多く見られることです。

Obligate Translationと巻き肩

これまでの話を踏まえて、こちらの図を見ていただければ、巻き肩はまさしくObligate Translationが生じているということがイメージできるかと思います。

肩甲上腕関節で見れば後方のタイトネスが生じた結果として、骨頭が前方変位している可能性が疑えます。

では実際に骨頭前方偏位が観察できた時にどのようなアセスメントを立てますか?

一般的には骨頭が前方に偏位している場合は、多方向性不安定症(MDI: Multi Directional Instability)など多方向への不安定症(全体的な関節窩の浅さ、関節包レベルでの弛緩性)などを除けば、棘下筋や後方関節包を中心とした肩後方軟部組織のタイトネスや大胸筋の過収縮を仮設するのがbetterかと思います。

具体的に肩関節の制限因子の評価方法に関してはこちらの記事をご参照ください。

巻き肩とフォースカップル

しかし上記2点のどちらでもないケースも考えられます。


それが肩甲下筋の収縮不全です。

つまり内旋時に骨頭を求心方向へ引きつけられておらず、内旋のほとんどを大胸筋で行ってしまっているパターンです。

個人的な臨床上では多く遭遇するパターンでして、細かく解説していきます。

巻き肩とフォースカップル

フォースカップルとは〜です。

代表的なところで言えば肩関節外転時の棘上筋と三角筋によるフォースカップルではないでしょうか?

しかし肩関節内旋時にもフォースカップルは存在します。

肩甲下筋による骨頭求心位方向への引きつけるベクトルが上手く機能したからと考えています。

このように肩甲下筋の機能不全により、内旋のベクトルが大胸筋優位となってしまった場合、その運動軸は前方偏位してしまうことが考えられます。

また肩甲下筋の収縮がなぜ衰えてしまったのか?まで考えられるとより良いプランニングができるかと思います。

私の臨床上の仮設として多いのは、肩甲骨のインスタビリティーです。

呼吸でも触れましたが、現代は心理的ストレスの多い環境下です、つまり呼吸量の増加、交感神経優位、さらには運動不足も加わることで感覚的栄養の欠乏も起こりやすいライフスタイルを強いられています。

結果として、胸郭の過剰な伸展スタックに陥りやすいということです。

するとどうなるのかというと、肩甲骨は相対的に前傾位となり、肩甲骨固定筋である前鋸筋、僧帽筋下部、肩甲下筋などの機能不全もまた生じやすいのは明らかでしょう。

ここでも言えることですが、どのような症状であっても呼吸量、呼吸パターンの評価と介入による、最適なZOAの獲得(肋骨の内旋、能動的な脊柱の屈曲制御機能)はエントリーポイントとなることはご理解できますでしょうか?

骨頭前方偏位に対する運動療法

ここからは呼吸や脊柱の動きに問題がない、またはクリアしていると仮定した上で、残っている肩関節内旋に伴うフォースカップルの破綻が起きている場合における運動療法の例を挙げていきます。

まずは大元の問題となる大胸筋の抑制から始めていきましょう。

90/90ローテーション

90/90ローテーションにて大胸筋に1b抑制をかけていきます。

目的
・大胸筋の柔軟性向上
・胸部の回旋制御能力の向上

方法
1 : 側臥位となり90/90ポジションとなる
2 : 下側の上肢を前方へリーチし、回旋側の上肢もリーチしながら大きく開く。
3 : 右胸部の伸長を感じる

注意点
・肩関節の過剰な水平伸展

肩甲下筋の選択的収縮①

大胸筋優位の方は肩関節内旋に伴い、骨頭が前方に変位しますが、それは軸回旋運動の欠如と同義です。

まずは肩甲下筋の収縮の前に等尺性収縮と、軸回旋運動の学習を行っていきます。

目的
・肩甲下筋の促通
・肩関節内旋の軸回旋の運動学習

方法
1 : 仰臥位となる肩関節下垂位となる
2 : 肩甲骨面上外転位で手でボールをお腹に抑える
3 : 対側の手で上腕骨頭を把持
4 : 前方に変位しない範囲で内旋運動を等尺性収縮で5~10秒反復

注意点
・大胸筋が過度に収縮していないか?
・大胸筋が過度の収縮する再び抑制エクササイズを行う。
・肩甲骨が前傾してしまっていないか?

肩甲下筋の選択的収縮②

肩甲下筋の選択的収縮①にて、大胸筋の収縮が見られる場合は、こちらのエクササイズに肩甲下筋の収縮を促通したのち、実施しみても良いでしょう。

やり方としては下記図の通りです。

股関節を内旋内転位とし、胸郭を相対的な右回旋を促します。その状態で左上肢を前方へリーチ、さらに胸郭を右回旋に促します。

胸郭が右回旋しているということは、大胸筋は伸長位であるということ、その際に吸気を行うことでさらに右前胸部に空気は流れ、伸長を促すこともできます。

このように、右大胸筋を伸長位とし、大胸筋の収縮が限りなく起こらない環境下にて肩関節の内旋運動を反復します。もちろんこの際に代償が入らない範囲でしたら、チューブなどで強度を調整しても良いです。

仰臥位の肩甲下筋促通

仰臥位の肩甲下筋は、上記の理屈をそのまま仰臥位に持っていくだけです。

目的
・肩甲下筋の促通
・大胸筋の抑制

方法
1: 仰臥位となる
2 : 股関節を左回旋とする
3 : 肩関節を90度外旋外転位となる
4 : 3を保持したまま肩関節を内旋する

注意点
・骨頭の前方変位
・肩甲骨の前傾
・腰部の過伸展

参考文献

1)Harryman DT 2nd, Sidles JA, Clark JM, McQuade KJ, Gibb TD, Matsen FA 3rd. Translation of the humeral head on the glenoid with passive glenohumeral motion. J Bone Joint Surg Am. 1990 
2)Muraki T, Yamamoto N, Zhao KD, Sperling JW, Steinmann SP, Cofield RH, An KN. Effects of posterior capsule tightness on subacromial contact behavior during shoulder motions. J Shoulder Elbow Surg. 2012 Sep;21(9):1160-7. 
3)Smith MV, Costic RS, Allaire R, Schilling PL, Sekiya JK. A biomechanical analysis of the soft tissue and osseous constraints of the hip joint. Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2014 Apr;22(4):946-52.

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